作家インタビューシリーズ1

ものづくりのこと ~工房イサドの場合~

photopicnicのオリジナルプロダクトをつくってもらっている作家さんのアトリエにお邪魔して、

どんな思いで、どうやって創作をしているかを教えてもらうインタビューシリーズ。

第1回は、額をオーダーしている工房イサドの本田淳さんです。

 

取材・文・撮影:photopicnic(藤田二朗・野村美丘)

自分の手からつくり出す

 

──本田さんがいまの仕事をするようになったのは、社会人経験をある程度積んでからだったとか。

 

はい。6年勤めていたパルコという会社を辞めて、職業訓練校に1年通い、そのあと木工所で7年ほど働きました。だから、独立したのは30代半ば。家具制作のなかでいちばん難しいといわれるのが椅子なので、それがきちんとつくれるようにならなければ始まらないとは最初から考えていましたね。生活のトータルを受けもつことのできる家具屋になりたかったんです。

 

──生活にまつわるものを創作したいという思いがまずあったんでしょうか。

 

家具という立体物に興味がありました。パルコに勤めていたときは宣伝やイベントを担当していて、カメラマンやデザイナー、スタイリストなどと一緒に制作物をつくっていました。でも、たとえばカタログをつくるなら、スタッフを集めて、撮影日を決めて、スケジュールを押さえて、撮影する商品をピックアップして……って、自分のやってた仕事は要は全部、手配なんですよ。しかも、真夏にクリスマスの企画を進めるといった具合に、実際の時節より先まわりしている。それも1回きりじゃなくて、どんどんこなし続けていかなきゃならない。次第に欲求不満が募ってきて……もう少し地に足をつけて、自分の手で何かつくりたい、と思うようになりました。

 

素材との一本勝負

 

──イサドというと、家具よりもむしろ木工のクラフト作家だと思っている人も多いと思います。

 

自分はあくまでも家具屋だという意識で、クラフトの人間だとはまったく思ってなかったんですけどね。そういうイメージをもたれるようになったきっかけは、誘われてクラフトフェアに出るようになったからでしょうね。クラフトフェアでは大きな家具は売れないと思ったので、小物を出品しようと思いました。というのは、家具をつくってるとちょっといい雰囲気の端材が出てくるから、それで制作できるんじゃないかと。そのときに、古材とか中古感といった自分の好きなテイストでどういうものができるだろうと考えて、カッティングボードやお皿をつくるようになりました。ノコ目を残したような粗っぽい仕上げの作品というのは、当時の木工の常識ではあまり見られないものでした。でも、だからこそ作品に勢いがあったのかなと思います。

 

──“いかにもクラフト”とは一線を画したイサドの世界観は、クラフト界にはとりわけ鮮烈に映ったんでしょうね。

 

原点回帰へ

 

でも、ここのところクラフトまわりの潮流はぐっと変わってきて。以前のようにカッティングボードがものすごい勢いで売れることもなくなりました。

 

──そうなんですか。イサドのカッティングボードといえば、オンラインショップに入荷されれば瞬間に売り切れるし、イベントに出展すれば初日で完売してしまう。欲しい人がつねに行列をつくって待っているような印象がありますが。

 

いまはもう落ち着いたものです。もちろんとてもありがたいことでしたが、ひたすら注文に追われるばかりだったので。やっと他のものをつくる時間ができたところで、本来のイサドらしさについて、あらためて捉え直すタイミングでもあるのかな、と。ここ数年、世のクラフトブームに引っぱられてつくるものがちょっとおとなしくなっていたけれど、初期のころはずいぶんヘンテコなものをつくってましたからねえ。

この前、名古屋のお店の方と知り合ったんですが、その方がイサドの作品を持っているというんです。古いこけしをリメイクしたちょっと変わったオブジェなんですけど、それを展示会で購入してくれたって。で、そのとき他にも気に入った作品がじつはあったんだけど、悩んだ末にこっちにしたんだっていうんですね。その作品、私のところにまだありますよって言ったら、ぜひ欲しいということで今回買ってくださった。

 

──へえ! それは嬉しいですね。

 

4~5年越しで、その方の手にわたったんです。展示会ってせいぜい1週間くらいの短い期間だから、そこでめぐり会うチャンスってものすごく狭い。ということは、そのチャンスを逃してしまっている作品もたぶんいっぱいあるということ。だから、売れなかったから即ダメだって評価をくだすんじゃなくて、自分が産み落とした子どもなんだから、こいつはいいんだって自信をもたないことにはね。せっかく時間をかけて、思いを込めてつくったものだから。

 

──たくさん売れる一方で、そうやって、やっとのことで然るべき人の元に届くこともある。

 

うん。木工っていうのはなかなか儲からない仕事で、継続していくのは本当に大変だと思うんですよ。そういう点で、自分の場合は家具に軸足をおきながらもカッティングボードが売り看板になって、そのおかげでいろんな方に認知されたというのはありがたいことでした。ただ、私の作品は本来、多数受けはしないタイプのはずなんですよね。だからいま、そっちに立ち戻ろうかなと思って。

 

──そのほうがなんというか、健全ではある気がします。

 

うん、そうですね。

 

職人と作家とのはざまで

 

いまは転換点なのかなって思っています。お客さんを飽きさせないように目新しさも必要だなと数年前から感じてはいるんですけど、目の前の注文に追われて、なかなかできていなくて。今後は展示会を少し減らして、家具屋としてのウエイトを増やすというか、戻すというか。長く継続していくための努力っていうんですかね、お店とタッグを組んでずっとつくっていけるような定番品なども考えたいです。

木工家って、機械や道具が大好きな技巧派の人が多いんです。もちろん家具づくりの技術は最低限必要ですけど、自分としてはテクニックではないところで響くようなものをつくりたいんですよね。なんだかヘンテコだけどちゃんと引き出しであるとか、背もたれがそろばんになってるけどちゃんと椅子なんだ、とかね。

 

──道具としての実用性はあくまでもありつつ、そこからどうイサドらしさを出すか。

 

なかなか大変なことですけど、そこがおもしろさでもありますよね。ぎりぎり引き出し、ぎりぎり椅子っていうところで踏みとどまる。そこを越えちゃうとアートになっちゃうから。

 

──アートは、実用性とは関係がない。

 

うん。一応きちんと使えるっていうところがイサドらしさなのかもしれません。

 

──photopicnicでは基本的にはお任せで額をつくっていただいていますが、「純粋にイサドの“作品”としての追求と、誰かがそこに家族写真を入れる“道具”であることとのバランスが難しい」と以前おっしゃっていました。

 

うん。写真が入ることを意識しなくちゃいけないと同時に、熱量のあるひとつの作品にしなくちゃいけないから。

 

──そうですね。後者がないと、イサドじゃなくてもいいってことになっちゃいますもんね。

 

こちら側がこれくらいかな、なんてさじ加減すると、たぶん中途半端なつまんないものができてしまう。それはお客さんに対しても失礼だし、自分にとってもおもしろくない。だからやっぱり素材感はすごく重要で、それこそが工房イサドの生命線なんだろうなと思います。

 

熱は伝導する

 

──それこそカッティングボードにしても、木の表情がいちばんかっこよく見えるようにつくられていますよね。

 

カッティングボードに関してはむしろ、そこでしかないんですよ。あの形にするのは誰でもできることなので。やっぱり木のよさがまずいちばんですよね。で、こねくりまわさずにシンプルに切り取るだけっていう。

だから、家具の視点で見たら不要な端材でも、ここの表情いいなあって思うと処分できないんです。まだ使える、まだ使えるってどんどん取っておくもんだから、それで身動きがとれなくなっちゃってる(笑)。

 

──みんながみんな、全部違うんですものねえ。

 

だから逆にいうと、いい素材に出会わないと自分はつくれないんです。額なんかはたぶんこれまで二千くらいはつくってきているから、素材を見たらたいていは、どんな感じのものに仕上がるなっていうのが読めちゃう。だから、これはすごいぞ!って思うような素材に出会いたいという思いはつねにありますよね。「うわあ、これをどうやって額に仕立てられるかな」って考えてるときがいちばん楽しい。

 

──ああ、そういう順番なんですね。つくるものを決めてから最適な素材を探すのではなく、素材を見て何ができるか、ワクワクするのが最初。

 

そうそう。完成が予想できちゃうと、つくれることはつくれるけど、たぶん熱量は低いですよね。それから、こういうのが欲しい人もいるだろうな、という感じでこちらからすり寄っていくような作品というのは、実際はあんまり動きません。

そうではなくて、いい素材を見つけてきて、夢中になって額にして、おもしろいものができたー!っていう作品は、展示会なんかでもやっぱり真っ先に売れていきます。そういう熱って、お客さんには不思議なほどに伝わっちゃうものなんですよね。

 

工房イサド/本田淳(ほんだ・あつし)

東京生まれ、埼玉在住。大学卒業後、株式会社パルコに入社、宣伝部などに勤務。骨董や古い家具に興味をもつようになり、また自らの手でものをつくり出したくなり、木工を志す。職業技術専門校を経て、木工所に勤務後、独立。工房名は宮沢賢治の作品「やまなし」に出てくる「もうねろねろ。遅いぞ、あしたイサドに連れて行かんぞ」というフレーズから。

http://isado.d.dooo.jp